Buskerって何?

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バスカーと言う言葉を聞いたことがあるだろうか?

日本でも、“世界バスカー大会”なるものが開かれているようで、意外に一般的な言葉になってきているのかもわからない。

しかし、僕がバスキングを始めた1988年頃は、ほとんど知られていない言葉だったと思う。事実、僕は、ストリートミュージシャンと自分のことを言っていた。イギリスのロンドンで演奏し始めて、初めてその言葉を耳にした。でも、自分の中で、そのイメージができ、自らをバスカーと呼び出したのは、もう少し後のことだと思う。

バスカー 事典風に書くのなら、公共の路上、公園、広場などで、音楽、ダンス、手品、アクロバットなどを行い、金銭を収集するもの、とでもなるのだろうか。日本語で言う大道芸人のことである。

面白いことに、イギリス、オーストラリア、カナダでは、このBuskerと言う言葉を使っていたのだが、アメリカでは、使われていなかった。彼らは、ストリートミュージシャンあるいは、ストリートパフォーマーと呼んでいた。だから、僕が、Japanese Buskerと書いたボードをギターケースに立てかけて演奏していたときに、アメリカ人が立ち止まり、「Buskerとはいったい何なんだ。」と真剣な表情で尋ねてきた。

僕の見解では、バスカーを大きく二つに分類することが出来ると思う。一つは、定住型、あと一つは流浪形。旅をしていた頃の僕は、もちろん流浪型、そしてスイスに住んでからは、定住型に属する。その種類によってバスキングのスタイルも考え方も違ってくる。

流浪形のバスカーは、遅かれ早かれその土地を離れるのは、必然であるから、やりたい放題、行き当たりばったりのバスキングとなる。短期間での情報収集は難しいから、とりあえずヤッってみて、うまくいけば、稼げるだけ稼ぐ、問題が生じればその土地を離れればいいだけだ。しかし、いつも移動する、と言う状況なので、大掛かりなことは出来ない。キャンピングカーに居住して動くバスカーもいるが、それでも持ち運べる機材には限界がある。

その点、定住型は、いくらでも大掛かりなことが出来る。また、情報も場所、時間、季節による変化など細かに集めてそれに対応していける。ただし、流浪形のように問題が生じたから、「ハイさようなら。」と言うことは出来ないので、トラブルは極力避けないとならない。

僕自身のことだが、流浪形のバスカーだった頃、つまり旅を生活の場としていたときは、風のようになれたらと、いつも思っていた。何ものにもとらわれることなく、自由に街から街、国から国を渡り歩き、その土地の人々と出会いと別れを繰り返す。道ずれはギター1本だけ、そして街角にたたずみ歌い続ける。「風のバスカー」それが僕の理想像だった。

そして今、定住型バスカーをして生きていて思うのは、「地のバスカー」だ。その土地にしっかりと足を着け、根をはり、そこに住む人々と関係をつくりあげ、季節や時流に対応していく。バスキングという一見普通ではない行為を日常化して、生活の中に溶け込ませる。

バスカーのもう一つの重要な点だが、上手いだけでは稼げないということだ。時間帯、場所などの情報の収集力から、コスチューム、その提示方法、あるいは、集中力、体力など、芸だけでなく、そのほかの能力が大きく左右する。僕の同業者の友人が、そのことを格闘技にたとえていた。「バスカーは、プロレスラーみたいなものだ、強いからといってそれだけで、いいレスラーとはいえない。ショーアップ出来るかどうかも大きなポイントだ。」と。

僕自身、バスカーとして優秀なのかどうかわからない。ただ、今でも路上で演奏するのは、わくわくするし、楽しい。20年以上もやっていたら飽きてくるのが普通だが、試みてみたいアイデアは、次から次へと出てくる。先に書いた友人が、僕のことを「トシは、バスカーになるために生まれてきたみたいだ。」と言っていた。まあ。僕が根っからのバスカーである、ということだけは確かなようだ。