バスカーの行く末

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バスカーを始めた当初は、面白くて仕方がなかった。まったくそれまでとは異なった視点で街や人々を見ることができ、時間がそれまでとは違った速さで流れていくようだった。

そのうちバスカーであることに慣れてくると、今度は先のことを考えて不安になってきた。このままバスカーを続けていったらどうなるのだろう?僕が思い浮かべたのは、“アリとキリギリス”の話だ。キリギリスは、夏の間歌をうたって好き勝手に過ごし、やがて寒い冬が来たとき死ぬ以外に道はない。バスカーも同じではないのか?

そのことでずいぶんと悩み、不安をいつも胸に抱えていた。

今、バスカーを始めてから20年以上が経過し、僕はスイス人の妻と結婚して、子供が出来て、それでもバスカーを続けている。収入、家事を妻と分担していればこそ成り立っているのだろうが、たぶん僕が偶然にたどり着いたのはバスカーとして理想的な状態だと思う。

それでは、バスカーを続けていて他にどのような可能性があったのだろうか?僕の知っているバスカーの行く末を踏まえて今回は、そのことを書いてみようと思う。

まず、バスカーの中で、ドラッグやアルコールにお金を使うものもいるが、そういう人たちは、長続きはしない。短期間のバスカーならたくさんのそういうミュージシャンも見たが、結局バスカーとしては残れない。(あるいは、本当に生き残れない。)僕の知っているキャリアの長いバスカーは、そういう点では、いたってストイックな人が多い。健康にも気を使っていて、お金の管理もしっかりしている。自分だけが頼りのバスカーでは、そうでもしなければ生き残っていけないからだろう。

僕と同じように、活動場所の女性と結婚して家庭を持って、バスキングを続けているという例は非常に多い。僕の知っているキャリア20年以上のバスカーは、ほとんどがこのパターンだ。この場合、どれだけバスキングに力を入れているかは、奥さんがどれだけ働いているかによるのではないかと思う。そして、バスキングに行かないときは、たいていは家で僕と同じように、家事、育児を担当している。土曜日だけバスキングをしているイタリア人のジョグラ−のアントニオは僕の友人だ。

その次に、ロシアや旧東欧、あるいは南米からの出稼ぎバスカーがいる。おそらく物価差を考えるとスイスで半年稼げば自国では、残りの半年を優雅に暮らすことも可能だろう。自国で普通に家族を養っていたとしても不思議ではない。彼らは、たぶんバスキングで稼げる限りその生活パターンを続けていくのではないかと思う。クラッシック系、民族音楽系のバスカーが多い。傾向としては、寒さに強いミュージシャンが多く、クリスマス前の稼ぎ時を狙ってスイスにやってくる人がほとんどだ。

また、活動地に彼女ぐらいはいるだろうが、結婚するまでの相手がいなくて、独り身でバスキングを続けている者もいる。たいていは、知り合いなどからアパートを借りて住んでいる。でも、たまに20年もキャンピングカーで暮らしているつわものもいる。アメリカ人のダンは、この口だ。彼は一時同じドイツ人のバスカーの彼女がいて、共同でドイツに家を買ったのだが、結局その後彼女とは別れることになり、家のほうは気前良く彼女にあげて、自分はキャンピングカーに愛犬と一緒に住んでいる。
もちろん、バスキングを辞めていったバスカーもたくさん知っている。チューリッヒで歌っていたスコットランド人のイアンは、50過ぎでリタイヤすると宣言して国に帰っていった。彼は、スイスのバスキングで蓄えたお金で、スコットランドに家を2軒買ったそうで、引退後は、その賃貸の収入とあとは畑で野菜を作って生きていくといっていた。ちなみに彼はベジタリアンで自給自足の生活が夢だった。

通常、バスカーという社会機構の外側の生活を長らく送ったあとでは、社会復帰をするのは難しいものだが、自国に帰って上手く社会復帰を果たしたものも知っている。僕の親しい友人で日本人バスカーだったアキさんは、帰国後日本語教師の資格を取り、現在大学院で言語の研究をしている。

さて、非常に悲しい例だが、自殺したバスカーもいる。イギリス人でワンマンバンドをしていた彼は、直接の動機は知らないが、友人から借りていたアパートの一室で手首を切って自殺を図った。彼とは、何度も演奏時にあって、話もよくしたバスカーだけにそれを聞いたときは本当にショックだった。バスカーは、うまくいっているときは、自由を満喫できていいのだが、落ち込むとまったく一人きりで、普通の人に相談したところで誰にもわかってもらえないだろう。本当に自分だけが頼りだ。

こんなこともあった。そのとき確かクリスマス前の僕らにとっては稼ぎ時の時期、イギリス人のバッグパイプの顔見知りのバスカーと偶然電車が一緒になったので、将来どうするか?というのが話しのテーマになった。僕自身は、「将来どうするのかわからない。」と答えた。「いつの日にか日本に帰ることになるかもしれないし、このままバスカーを続けるかもわからない。」と。そして、そのあと、僕が彼に同じことを聞くと、「俺には、バスカーを続ける以外他に道はないんだ。なぜって16歳のときから路上でバスカーとして生きてきたんだ。俺は何の資格もタイトルも持っていない。イギリスに帰ったところで職は見つからないと思う。」と沈んだ口調で話していた。雪の舞い散る中でも、タータンチェックのスカートををはいて、スネゲ丸出しでパワフルにパッグパイプを吹く彼の別な面をみた思いがした。

スイスでのバスキングが厳しくなって、国に帰ったものの中には、生活保護でお金を支給してもらい食いつないでいるものもいると聞いたことがある。先のバグパイプのバスカーももしかしたらその口かもわからない。
僕の場合は、さしずめ“キリギリスがアリと一緒に暮らしている”というところだろうか。少なくとも、このキリギリスはキリギリスのままで、今のところ歌を歌い続けて生き残っている。