森の女王

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先日、スイスのダンサー、ガブリエラと一緒に、ベルンのエルフナウという森の中でのパフォーマンスを行った。

彼女は、スイス人で、ベルンの小児病院の研究所に勤めていて、それ以外にも子供に合気道を教えたり、創作ダンスのクラスを持っていたりする。すらりとした長身の女性で、背は僕よりも10センチは確実に高いだろう。

彼女は、このパフォーマンスを春、夏、秋、冬と4回公演することを考えており、今回はその3回目、つまり秋がテーマだ。これまでの2回は、春にプレーバックの音楽を使っての小さな劇場で他のダンサーとの共同公演、夏に無音の森の中の小川で、そして3回目の今回は、僕の二胡と尺八に合わせて、紅葉の森の中で行うことになった。

彼女が僕にコンタクトを取ってきたのは、2ヶ月ほど前のことだ。偶然彼女のパートナーが、僕のCDを購入してくれて、それが気に入って、一緒にやってみたいということになった。最初に一緒にダンスのプロジェクトをしないかと打診があったとき、どうも内容がはっきりとわからなかった。その後、彼女のパフォーマンスのビデオを見せてもらったのだが、もっとわからなくなった。

真っ白な綿に包まったとことから始まり、そこから出てきて、歩いて方向を変え、うずくまり、立ち上がり、まわってまわって、とまって両手を空に掲げる。

さて、これにどういう音をつけるといいのだろうか?

一応自分なりに考えてから、最初の合同練習に望んだ。

僕たちの最初の練習は、彼女が子供を教えている合気道の道場で練習することになった。

彼女は、まずは、ダンスの動きにどういう意味合いがあるのか、僕も知っておくほうがイメージを作りやすいだろうといい、綿に包まったサナギのような形から、順番に説明を始めた。すごく観念的な説明で、ここは、“内面からの不安を表す”だの、“過去の自分と別れて新しく踏み出す”だの、“恐れと不安から胸を刺されるような痛みを感じる”、とかいった感じだ。

もちろんそれらの知識を踏まえて、音を作っていくわけであるが、ミュージシャン側としては、実際に楽器を演奏するのに、どのような音階を使うか?どれぐらいのテンポ、音量か?どのタイミングで音を入れるか?とかが、知りたいところだ。

まあ、それを音にしてあらわすのが、今回の僕の役目であるわけだが。

いろんなプロジェクトで音楽以外のジャンルのアーティストと競演するのはいつも刺激がある。ミュージシャン同士では、出てこない発想が聞けたりして実に面白い。

本番2日前に実際に森の中でリハーサルを行うことになった。ガブリエラ自作のオレンジ色のコスチュームは、合気道道場の中で見たときは、かなり浮き立って見えたのだが、紅葉の森の中で見ると非常にぴったりとはまっている。僕は、このときは普段着のまま。森の小道で練習したのだが、犬を連れて散歩する人やジョギングの人が立ち止まり、”こいつら何をしているのだ?”という表情で眺めていく。まあ、アジア人が奇妙な楽器を森の真ん中で弾いていて、綿の塊がそばに転がっていてぶるぶると動いていれば、僕だって“何事だ。”と思うだろう。

ガブリエラは、リハーサルが終わってから、「一人でやっているともっとはずかしいわよ。だれかと一緒だと気が楽だわ。」と笑っていた。

さて、いよいよ当日、あいにく雨模様の天候で、本当に観に来る人がいるのかなと心配したのだが、20人以上の観客があった。偶然に野生のリスも姿を見せ、僕たちのパフォーマンスをみていたみたいだ。ガブリエラのダンスの意味合いが、観客に伝わったのかどうか僕には判断をつけがたいが、終了後、たくさんの人から、僕に対して、効果的に上手く音楽を付けていて、良かったとお褒めの言葉を頂いた。

ちなみにコレクトのお金も僕が思っていた以上に集まって、うれしい驚きだった。

小雨の降る紅葉の森の中で、踊る長身のガブリエラの姿は、気高き森の女王という形容がぴったりだった。