30年前の日記

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今から30年ほど前に5年間ぐらい日記をつけていたことがある。

東京で働いていた会社を辞めて、バスキングの旅に出た2年目からである。バスキングの旅の1年目は約8ヶ月間ヨーロッパを旅をしたのだが、その時は日記を書かなかった。あとで振り返ってみて写真しか残っておらず、その時々の出来事も思い出すことができなくて、これは何か記録を残すべきだと思ったのだろう。

実際には、旅の出来事というよりもバスキングの記録、すなわち演奏場所、演奏時間、人々の反応、そして稼げた金額などを書残すのが目的だったと思う。

結婚してスイスに移住するときその日記帳を大阪の実家から持ってきたのだが、今まで一度も読み返すことがなかった。しかし先日、読みたい本も手元になくなったので、暇つぶしに自分の日記を読んでみようかという気になった。

果たしてちゃんと読めるような字で書いてあるのだろうかと心配したのだが、意外に綺麗な字で書いてある。現在の自分より随分と上手い気がするぐらいだ。

さて、いざ読み始めようかと思って困ったのが、ノートの順番がわからない。

日記自体は異なったタイプのノートに9冊分あるのだが、月日と曜日、それに時間と場所は書いているのだが、何年なのか記入していない。その時はまさか、数年にも及ぶ放浪の旅になろうとは思いもしなかったので、年代は書く必要もないと思ったのだろう。それぞれのノートの最初の日にちと最後の日にちを見ればわかるだろうと考えたのだが、一冊書きを終えて、しばらく休んでいるところもあり、日本に滞在した時は日記はつけなかったりで、うまく繋がらない。

それでは、場所でつないでみたらと思ったのだが、これも記憶が曖昧でどこからどこへ移動したのか覚えていない。しかも、スイスとシンガポールはバスキングでのベースとして数え切れないほど滞在したので、いつの時のことかわからない。

とりあえず番号を振ってみたのだが、順番が合っていないノートがありそうだ。仕方がないので読み進めながら修正することにした。

さて、これを書いている現在二冊目の中ほどをを読み進めているところだ。

1990年(これは調べたのでわかった。)の5月10日のロンドンから始まっている。

そのあと6月後半にフランスに渡り、3ヶ月間鉄道パスを使って北欧、ベルギー、イタリア、ハンガリー、ドイツ、スイスと駆け巡り、秋はパリでアパートを借りて滞在し、クリスマス前に1ヶ月スイスで集中的に演奏し、年末にローマからバングラディシュエアーラインでタイのバンコクに飛びオーストラリアを目指して南下しているところだ。

読んでいると忘れていたことを思い出し、曖昧に覚えていたことが鮮明になるのは非常に楽しい。

でもこうして30年ぶりに自分の日記を読んで感じるのは、あまり自分が変わっていないということだ。仮に今バスキングの日記をつけたとしても同じような文章はもちろんのこと、テイストもよく似たものになりそうだ。この間成長がなかったとも言えるのだが、自分というものが過去から途切れることなく現在までつながりを持っているんだとも思う。

自分自身のことだけではなく、世の中も随分と変わったことが実感できる。このころはスマートフォンはもとより、インターネットもなかった時で、コミュニケーションは直接会うか、電話か手紙だけだ。国際電話などとても高額でできなかったので、日本の家族、友人とは手紙のやり取りだけだ。自分の受け取れそうなアドレスを知らせて、そこに手紙を出してもらう。郵便局留という制度があり、確か1ヶ月ぐらい郵便局で保管していてくれて、身分証明書を提示して受け取ることができた。

またヨーロッパの国々は、ユーロ圏を形成する前なので、各国固有の通貨を使っていた。バスキングで溜まってくるコインをどうするかというのが悩みの種だった。

当初自分の目標は世界一周をするということだったみたいだ。

そんなことは忘れていたのだが、日記の中の自分はそれに向かって行動している。ヨーロッパから、タイに飛びオーストラリアまで南下して、アメリカ大陸に渡りまたヨーロッパに戻ってくる。確かこの時は、日本出発時は東京、ヨーロッパ間の往復飛行チケットと60万円ぐらいしか持っていなかったので、バスキングで稼げないことにはとても実現できないはずだった。

その後の自分の人生については具体的には考えていない。むしろ考えるのを避けているようだ。そしてこの時はいずれ日本帰り、結局は普通の生活を送るのではないかと考えている。

僕が過去の日記を読んでいると話したところ、ある友人がそれはドイツ語に訳して残しておくべきだとしきりに勧めてくれた。僕の孫かひ孫がルーツを知りたくなったときに役立つだろうと。とてもじゃないがドイツ語に翻訳などできないし、日記自体は退屈な記述も多い。ただ、普通の旅では経験できないようなことをバスキングの旅ならではの人との出会いや別れがたくさんあり、なかなか面白い気がするので、読みやすいような形で自分のために書き直してもいいなと考えている。

そんなわけで、気が向いた時に旅の思い出を少しづつ記していきたいと思う。