Antonioのこと

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アントニオはイタリア人の僕の同業者、つまりバスカーだ。

彼はもう30年近くジョグラーとしてバスキングをしている。僕にとってはバスカーの先輩でもある。とは言え30年も25年もそんなに変わるわけはないので僕たちはスイスでの数少ないバスカー生き残り組だ。

僕がヨーロッパでバスキングを始めた頃は,ドイツ語は話せなかったので必然的にアメリカ人、イギリス人のバスカーと親しくなっていた。今もその頃からの英米の顔見知りのバスカーは,2、3人はいるのだが、その大半は消え去っていった。僕が知っている限りこのスイスのドイツ語圏で20年以上生き残っているバスカーは10人ぐらいだろうか?アントニオはそのうちの一人であり、僕の一番親しい友人でもある。

アントニオは、陽気なイタリア人そのままの気質で、話していてとても楽しい。その反面、ラテン系にしては珍しく時間にはきっちりとしている。まあ、スイスで生活しているので、時間にルーズではとてもやっていけないのであろう。そんな所も彼とつきあっていて気持ちのいい部分だ。

また彼は大の日本ファンでもある。

でも、多くのヨーロッパ人の自称日本ファンのようにアニメや食べ物が理由で日本が好きなのではなく、彼が日本でよく仕事をしたからだ。実は彼のプロモーターがアムステルダム在住の日本人で、日本でのパフォーマンスの仕事をよくとってきてくれたのだそうだ。彼は少なくても4回は日本に行っている。北海道、九州,名古屋と数ヶ月から半年ぐらい滞在していたそうだ。そのなかでも彼にとって2005年の愛知万博での仕事は特に楽しかったようで,今でも僕にその時のことを懐かしそうに話してくれる。

彼のジョグリングのスタイルは地面にボールを落として跳ね返るのを利用してやるタイプだ。8つボールを1分近くジョグリングを続けることが出来る。彼にとって10個のボールで出来るようになることが夢だそうで、ここ数年その練習をしているのだがなかなか完成しないようだ。彼が普通の上に放り投げてのジョグリングではなく、地面の跳ね返りを使ってのジョグリングを始めた頃は、誰もそれをやっていなくて良かったのだが、今は若手の多くのジョグラーが使っていてインパクトが無くなったと嘆いている。

彼は僕よりも少し年上なので、ジョグラーとしては大ベテラン、悪く言えば新しい風にはついていけない年齢だ。事実、サーカスなどで観るパフォーマンスと比較するとひとひねり足らないと感じてしまう。実際のバスキングではジョグリングとともに子供たちに風船で動物や花を作って渡している。なかには彼のことをジョグラーとしてではなく、「風船おじさん」と認識している人もいるくらいだ。僕も風船だけにすれば機動力も増すのだから、たまにはジョグリングの道具を持って来ないようにすれば?と言うのだが、そこはやはりプライドがあるのだろうか、決してバローンだけでは来ることはない。

アントニオは、2回目のスイス人の奥さんとの間に子供が2人いる。下の女の子は僕の息子と同じ年だ。彼は土曜日にいつもベルンでバスキングをしているので,僕が土曜日にベルンで演奏するときは、二人で昼食を一緒にとる事が僕たちの間の約束となっている。セルフのレストランで一緒に昼食をとりながら彼の家庭の愚痴がもっぱらの僕たちの話題になる。お互いの家族のこともよくわかっているので、まあ僕の方も愚痴をこぼすこともあるのだが。

アントニオは「俺たち芸術家の人生観は、なかなか理解してもらえないけど、こんな素晴らしいものはない。それに路上でのパフォーマンスはマジックだ。俺たちは好きなことをやっていて、しかもお金をもらっているんだからな。」とかよく言っている。そのくせ最近は稼げなくなってきたと現実的な愚痴をこぼしているのだが。彼の奥さんは最初はアントニオのそういう人生観に共鳴してくれたようだが、子供が成長するに伴いより現実的な価値観に変わっていったと嘆いている。まあ、僕からすればそれで家庭としてのバランスが取れているように思えるのだが。アントニオや僕みたいな人間ばかりだったら、そもそも社会自体が存続しなくなってしまうだろう。

アントニオは音楽が趣味だ。ギターの腕前はなかなかのもので、変則チューニングのフィンガーピッキングで弾く。ただ困ったことに自分のオリジナルしか演奏しないので、彼とセッションしてもあまり面白くはない。特に数年前から変則チューニングで弾きだしてからは、何のコードを弾いているのか僕にはわからないので、よけいにややこしくなってしまった。それ以来、一緒にギターを弾くのはやめて、僕はカホンを叩いてパーカッションに回ることにした。これで一件落着した。

バスカーになってからは、このアントニオをはじめ、マジシャンやスタントマンやパントマイムや彫り師といった特殊な職業のひとと知り合う。まあ、僕たちのバスカーという仕事も間違いなく特殊職だろうが。

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