Davidのこと1

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久しぶりに旅をしていた頃のエピソード。
そのとき僕はヨーロッパでバスキングを初めて2年目、冬場をどう乗り越えるかが僕の課題だった。ある知り合いのバスカーは,スペイン領のカナリア諸島に行けばいいというし,東南アジアかインドなど物価の安い国で休暇を取ればいいという者もいた。いろいろ考えたすえ、東南アジアを南下してオーストラリアまで行ってみることにした。もちろん,そんなことが可能かどうかはわからなかったのだが,その頃の僕は全て運まかせ,風まかせの生活だった。
クリスマスの日にイタリアのローマからバングラディッシュエアーラインという機内食はいつもカレーという飛行機でタイのバンコクまで飛び,そのあとマレーシア、シンガポール,インドネシアと南下した。初めての東南アジアの旅はそれだけでも刺激的だと思うが、僕の場合は路上で演奏しながらの旅なので,実にいろんなことがあった。でもそれはまた別の機会に書くことにして,話しを進めよう。
そのときバリ島のデンパサールから西オーストラリアのパースに飛行機で飛ぶ予定だったのだが,うかつにも宿泊中のホテルで盗難にあってしまい、パスポートとトラベラースチェックを無くしてしまった。幸い再発行が効く物だったので飛行機を延期してもらい,パスポートが再発行されるまでバリにとどまることになった。ただ困ったことにその間に体調を崩してしまい,いざ出発の日には熱もあり,体がだるかった。
当日とりあえずチェックインして飛行機の座席に着いたのだが,いっこうに体調は回復しない。普段は「だされた機内食はまずくても全部食べる」という方針だったのだが,この時は食が進まず残してしまった。ちょうどそのとき、近くに座っていた西洋人の初老のおっさんがわざわざ席を僕の隣に移して来たのには、うさんくささを感じたのだが,文句を言うのもめんどくさかった。
しばらくすると彼は僕に話しかけて来た,「どこから来たのか?」「バリにはどれくらい滞在していたのか?」「オーストラリアは初めてか?」とかごく普通の会話だったと思う。そのうち,「パースではどこに泊まるのか?」と尋ねて来た。僕はこの飛行機の到着が深夜なので,朝までパースの空港で過ごして、翌日にバックパッカーを探すつもりだった。しかし,先にも書いたように体調が優れない。このまま空港で徹夜をすると、そのあと病気で寝込むことになりかねない。その彼は,「もしよければうちに泊まってもいいよ。」と言ってくれた。これがきれいな女性であったのなら直ぐにお願いするところだが,相手は初老のオーストラリア人の男性だ。今までの経験から自分がホモセクシャルの人からはとても魅力的に感じられるらしいと言うことは知っていた。そもそも席を移して来るのは何か魂胆があるからだろう。とりあえずは断ると,「気が変わったら言ってくれ。」と言ってあとは黙り込んだ。
バリ島からパースまでの飛行時間は4、5時間だったと思う。飛行機はいよいよ着陸態勢にはいった。僕の体調は良くなるどころか,ますますひどくなっていくようだ。空港で朝まで頑張る自信はなくなってきた。とはいえ今から深夜にバックパッカーを探せるはずもなく,かといってホテルに泊まる金もない。
「ええい、ままよ。体は僕より大きいとはいえ,相手は年寄りだ。もしかりに何かあっても逃げれるだろう。」と楽観的に考えることにして,彼の言葉に甘えることにした。
「やっぱり泊めて欲しい。」というと,それでは税関を出たところで待っていると言ってくれた。
彼はオーストラリア人なのでフリーパス。僕はギターを持った長髪のうさんくさそうなアジア人なので持ち物をフルチェックされた。バックパックの中身も,ギターケースも全て細部まで検査された。僕がバスカーであることがばれたのだが,「僕はヨーロッパのバスカーで,オーストラリアには休暇で来たんだ。」と言ってごまかした。「絶対にオーストラリアではバスキングはするなよ。」と税関員に釘を刺されて通してくれた。結構時間を食ったので,彼はもう待っていないのではないかと心配したのだが,ちゃんと待っていてくれた。
「友達が迎えにきてくれるんだ。」と言うので,しばらく待っていると向こうからガタイのいい中年のおっさんがやって来た。そして彼の車に乗り込む。車は結構高そうな新しい4WDだ。彼ら二人は普通に会話をしていたので,ゲイと考えたのは間違いだったのか?僕は後ろのシートに座り込むと眠り込んでしまった。たぶん10分か15分ぐらい眠っていたと思う。目を開けると車は街灯の一本もない道をひたすら進んでいく。対向車も真夜中だからかほとんど通らない。まったくどこをどちらの方向に走っているのか見当もつかない。「ここで何かあれば,どうしようもないな。」と彼のところに泊まると決めた自分の判断を後悔した。
どれくらい走ったのだろうか,ようやく車はとまった。しかしそこに建っていたのは倉庫のような建物。「本当にこんなところに住んでいるのか?」と困惑している僕をよそに4WDは去っていった。「さて、これからどうなるのだろうか?」と思っていると,彼は倉庫の扉を開けた。そこには地下に下りる階段があり,彼は僕に下に降りろと指示をした。ドアを開けるといきなり地下に続く階段だなんて、まさにホラー映画に出て来るような作りだ。下に降りたらそれが最後、二度と生きて上がって来れないのではないか?という思いがしたのだが、今は彼に従うしかしようがない。
いざ階段を下りてみるとそこは広いダイニングキッチンになっていた。しかも猫が2匹いた。動物好きにそんな悪い人は居ないさ,と自分に言い聞かせる。
彼はとりあえずは疲れているだろうからと,僕のベットを用意してくれた。
何かあったら逃げるぞ,と自分にいい聞かせながらも睡魔には勝てず,僕は深い眠りに落ちていった。