クリスマスのバスキング

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今年もまたクリスマスが終わり,僕のバスキングに出かける日も残り数回になった。

12月は僕にとって,あるいは全てのスイスを拠点とするバスカーにとっては,一番の稼ぎ時であるとともに,もっともストレスのたまる月である。
以前は,この1ヶ月で数ヶ月分の生活費を稼ぎだすべく,連日休み無しで演奏していた時もあった。24日の深夜まで稼ぎまくり,深夜の電車に飛び乗ってイタリアまで下り,ローマからタイのバンコクに飛ぶという行程を何回か繰り返した。そのあとは物価の安い東南アジアで数ヶ月のんびりと過ごしたものだ。今の僕は,スイスに住んでいるからそんなこともできないし,する必要もない。それに妻が定職についているのだから無理に稼ぐ必要もないのだが,やはり12月になるとバスカーの本能というのか,血が騒いで来る。

それでは,何故12月がそんなに稼げるのか?と疑問を覚える人もいるかもわからないので,僕なりに「何故クリスマス前のスイスがかせげるか?」の分析を試みたいと思う。

まずはなんと言っても一番大きいのがクリスマス気分だろう。ほとんどの人がこの時期は何となく温かい気持ちになっていて,何か他人が喜ぶようなことをしたい。普段はバスカーにコインなど入れない人もつい「入れようかな」という気分になってくれる。客層が拡大する。

次にスイスでは,ボーナスというか,ほとんどの企業で「13月の給与』と呼ばれる特別給金が支給される。当然いつもよりお金があるので気が大きくなる。僕たちバスカーにとっても客単価が上がるわけである。

また,当然のことながら12月の気温は低く,演奏するのには結構それなりの覚悟が必要になって来る。つまり素人のバスカーの数が少なくなる。もちろん12月の稼ぎをあてにしてやってくるバスカーもいるのだが,マイナス5度ぐらいになるとプロのバスカーしかいなくなる。競争相手の縮小だ。

クリスマス商戦のため,スイスでは普段は日曜日はお店がほとんど閉まっているのだが,12月に限り数回日曜日もお店が開いている日がある。もちろんこの日はクリスマスプレゼントを購入しようとみんな街に出かけて来る。すなわち我々バスカーにとっては12月は演奏の機会が増えるわけである。
それに加えクリスマスマーケットが開かれている街では,遠くからやって来るショッパーもいて町を歩いている人の数が明らかに多くなる。普段とは違う客層にもアピールできる可能性ができるわけである。

寒さに関してはバスキングを始めたころは僕の防寒対策も充分ではなく,2時間も演奏すると凍え死にそうになっていたものだ。今はもちろん防寒対策は万全で,今年はマイナス16度で2時間ぶっとおしで演奏したのだが,そんなに寒くもなかった。でも,実は気温よりも風が吹いているかどうかの方が問題で,風が強いと零度あたりでも演奏できないほど寒く感じることがある,体感温度というやつだ。

でも,本当に僕たちにとってつらいのは寒さではなく雨と警察だ。寒さはなんとか対応できるが,雨や雪の日が続くとそもそも演奏可能な場所が限定されているので,非常に難しくなる。そしてたくさん稼ごうと思うと,当然長時間演奏することになり,そうすると警察とのトラブルが発生しやすくなる。これを如何にクリアーするかがバスカーの本当の実力といえるかもわからない。

今年のスイスの12月は,前、中盤は雨が多かった。そして結構寒い日が続いていた。特に週末に雨だったのが僕にとっては厳しかった。でも最後の1週間は天候にも恵まれ,気温の方も12月とは思うことができないほど暖かい日が続いた。もっとも気温が高いとクリスマス気分が消えてしまい,バスカーの数が増えるというデメリットもあるのだが。
まあ,終わってみれば,それなりに稼げたし,風邪をひくこともなく,余力を残してクリスマスを迎えられたので,今年はうまくいった方であろう。でも,僕が今年自分で誇りに思うのが警察とのトラブルを回避できたことだ。まあ,ラッキーな面もあったのだが,僕の事前にたてた「どの日のどの場所でどれぐらい演奏するか」という作戦が成功したといえると思う。

クリスマス前のバスキングで本当に稼げる時というのは,ちょっと信じられないぐらいにコインが入る。僕はこれを「賽銭箱バスキング」と命名している。前の人がお金を入れるのを待って,次の人がコインを用意している。それが1時間ぐらい続くことがある。まるで僕にコインを入れることがご利益があるかのようにわれもわれもと入れてくれる。最初にこれを経験した時は少し恐ろしくなってしまったぐらいだ。それ以来,ほぼ毎年何回かはこんな賽銭箱状態の時間がある。今年は2日だけだったけどこの賽銭箱バスキングをまた経験できた。

クリスマス前は,僕はコインを入れてくれた人全員に現地の言葉で,「メリークリスマス」と言うことにしている。日によっては何百回も言うこともある。お金を入れてくれるタイミングを予想して,楽器の演奏フレーズを調整しておかないとなかなかうまく言えない。僕のささやかなひと言で今年のクリスマスがいつもより少しだけ暖かい気分で迎えてくれることを祈りながら。