Pipa(中国琵琶)が50円?

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僕がスイスのネットオークションで楽器を買い出してから数年になる。

オークションでいろんな楽器や機材を眺めているうちに,あれこれと欲しくなってしまい、今まで使いもしないものまでずいぶんと購入してしまった。もっとも,「音楽で生計を立てている以上,そういう使わないものを含めて,いろいろ自分で試して知識を得ることは決して無駄ではない」と言い訳を考えているのだが,やはり一度も登板せずに物置に眠る楽器を目にすると心が痛むものである。

もう数ヶ月前のことだが,いつもは見ない「その他の楽器」というカテゴリーをネットオークションで見ていて,偶然に中国の琵琶であるPipaがでているのが目にとまった。そんなアジアの民族楽器がスイスのオークションにでていること自体珍しいのであるが、値段を確認してみるとなんと50ラッペン、約50円である。「ええ。50円。」と不審に思い内容を確認すると説明の項目に「破損」と表示されている。でも添付された写真を見る限り痛んだ様子はうかがえない。ただ弦が1本切れているだけのようにしか見えない。ドイツ語の説明を読んだのだが,2、3僕の知らない単語があってはっきりわからない。仕方がなく妻に読んでもらい,尋ねてみると「破損ではなく,弦が切れて修理が出来ない。」と書いてあるという。

たぶん,この楽器に興味がある人がいたとしても,この「破損」という表示が引っかかって誰も入札しないのであろう。ギターのような一般的な楽器ならいざ知らず,こんなポピュラーでない楽器を自分で修理する自信のある人は居ないだろう。僕も本当に壊れていたら修理は出来ないだろうけど,少しぐらいなら適当にごまかして使えるのではないかと考えた。仮に弾くことが出来なかったとしても,部屋のデコレーションにはなるだろうし,とりあえず入札してみることにした。まあ6フラン、600円ならいいだろう。

僕がこの楽器を見つけたのは,このオークション終了の30分ほど前で,どうせ最後になって誰か入札する人がいるだろうし,本当に欲しい人は100フランくらいは出すだろうと踏んで,僕の手に入るはずはないと思いすっかり忘れていた。ずっとあとになってから入札していたことを思い出して見てみると,結局僕以外には誰も入札者がいなくて,50円のまま僕が購入することになってしまった。

実は,僕以外に誰も入札しなかったもう一つの理由は,楽器を手渡し希望で,その場所というのが東スイスの小さな街であることだと思う。壊れているかもわからない楽器をとりにわざわざ遠くまで出かけるリスクを誰も背負いたくなかったのだろう。幸い僕はスイス国内の鉄道パスを持っているので運賃は関係なく,電車の中で新聞や本を読むのは大好きなので移動時間はさほど苦にはならない。

さて,販売者とはメールでやり取りし、約束の時間と場所を決めて,はるばるPipaを取りに出かけることにした。片道約3時間の行程である。販売者のスイス人はアマチュアミュージシャンで,僕のことを検索しホームページを見つけたらしく,僕がアジアの楽器を弾くことを知っていて、せっかくだからジャムセッションをして欲しいということだった。そんなわけで,彼のギターと僕の二胡で1時間ほどベンチに腰掛けジャムセッションをした。

さて肝心のその楽器であるが,ほんとうに単に弦が切れているだけだった。5分とかからず切れた弦をつないで楽器にはり直すと,ほとんど新品同然のPipaが僕の手にあった。前所有者の話しによると,彼はコンピューターの技師で1年前まではアメリカに住んでいたそうだ。アメリカに永住するつもりでグリーンカードも持っていたという。そのときの彼女が中国人で,ギターを弾く彼の為にPipaを中国で買ってプレゼントしてくれたらしい。でも彼はPipaの弾き方がわからなくてほとんど置きっぱなしにしていたという。どうやらその彼女とはそれほど長くは続かなかったようだ。数年後アメリカでの生活に見切りをつけた彼は,母国スイスに戻り新しい人生を出発させることにした。そして,スイスに戻ってから今はスイス人の彼女ができ,その彼女と1ヶ月後に結婚することになったということである。先日そのフィアンセから「この目障りなPipaを結婚して私たちが一緒に住む前に処分しなさい。」というお達しを渡されたそうだ。彼としては本当は手元においておきたかったそうだが,彼女の言葉に逆らうことはできず、泣く泣くオークションに出品したそうである。オークションで購入する楽器のいきさつをここまで詳しく聞いたのは初めてである。まあ,彼はアジアの楽器を演奏する僕の手にこのPipaが渡ってよかったと言ってくれた。50円ではあまりにかわいそうなので,倍額の1フラン、100円と僕のCDをおまけに渡しておいた。

さて,そんないわく付きのPipaであるが,この楽器は通常のPipaより小型で,ケースに入れるとスカッシュのラケットのようである。裏面が丸くて黒い色なので甲虫のイメージがわいてくる。カブトムシというようよりもむしろゴキブリだろうか?大きな糸巻きがついていて,持った感じも悪くない。
家に帰ってからインターネットで弦のチューニングを調べてみたのだが,普通の大きさのPipaのチューニングはわかったものの,この小型のPipaのはわからない。それ以上検索するのも面倒になってきたので、どうせ自己流で行くのだからと,チューニングも自分で勝手に決めることにした。弦も張ってあった金属弦を取り外し,ナイロン弦に変更した。どうせ,二胡、三味線、尺八と合奏で使うのだからそれに合わせやすい音にし,本来フィンガーピックをつけて指で弾く楽器だが,それをマスターするには数年かかりそうなので今すぐに弾ける奏法として,ギターのフラットピックで弾くか,三味線のバチで弾くことにした。特にバチで弾くと少し日本の琵琶の感じがする。これで三味線の様なサワリをつければいいのだが,今のところその改造をする気力はない。でも、ナイロン弦に変えたので音も柔らかくなった。

ここまでしたのだが,実はこの楽器も実際の演奏に登板することもなくその後部屋の隅っこに追いやられていた。そして,家に友人が遊びに来たときにだけ「50円の新しい楽器」として見せるだけであった。遅かれ早かれ物置に持って行くのは時間の問題だろうと僕自身思っていた。
そんな哀れなPipaにようやく登板の機会がやってきた。友人の民族楽器の収集家であるドイツ人のハラルドが遊びにきたとき,例によって新しい楽器としてPipaを見せると,この楽器を使ってジャムセッションしてみようと言い出したのだ。そして二人で合わしてみるとなかなか面白い感じになるのがわかってきた。

後日,MIyoshi Familyでこのジャムセッションを再現することにした。楽器編成は僕がPipa,息子の正志がハラルドの名前の知らない弦楽器、そして妻が正志自作のレインロールとハラルドの鈴などのパーカッションだ。まあ,ジャムセッションなので使う音階を決めて,僕が自由に弾くことにした。このときのフィルムの画像がオレンジがかっているのは,色彩効果ではなく,夜部屋の中でハロゲンライトの光で映すと僕の安物のJCVのビデオカメラはいつもこんな色になってしまう。
今後Pipaが,僕のレギュラー楽器として定着するかどうかは未定である。小さくて持ち運びやすい楽器なので使いたいのだが,低音がでないので伴奏楽器としてはいまいちである。とにかく僕としては、少なくともこのビデオを撮ったので,全然使わなかったという状態だけは避けられたので,ひとまずほっとしている。

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