忍者ショウ

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先日より新しい友人が出来た。その友人というのは,実は忍者である。
日本人男性Kさんと知り合ったのは,3週間前に僕がベルンで演奏しているときだ。バスキングの情報を聞きたいと声をかけられた。話しを聞いてみると、彼はオーストラリアのメルボルンで1年間パントマイムのバスキングをしていて、数週間前にジュネーブに到着したそうだ。彼からバスカーという言葉を聞いてうれしくなってしまった。昼食を一緒にとることにし、彼の話しを聞いてみるとなかなか面白そうな人なのでうちに招待することにした。
後日、僕のアパートでの話し。
お互いのバスキングの話しで盛り上がり、彼は真剣に僕の旅の頃の経験談を聞いてくれた。もちろん、僕の旅の話しに興味を抱いてくれる人はたくさん居るのだが、彼は現役のバスカーで、しかもバスキングの情報を必要としているだけに真剣度が違う。思わず僕自身も力が入り、普段は話さないことも話していた。そんなとき突然彼がおもむろに言い出した。
「実は、僕は忍者なんです。」
この言葉を聞いて僕はしばらく腹を抱えて笑い転げていた。僕は忍者に特に思い入れがあるわけではないが、海外で暮らしだしてから、しばしば「忍者になりたいのだがどうすればいいか?」とか「忍者の学校はどこにあるのか?」とか質問を受ける。その度に「もう忍者は日本には居ないのだ。」と説明していたわけだが、その僕が自分は忍者だと名乗る男にあってしまったのである。
考えてみれば、「忍者なんかもういない。」と決めつけてしまうのは簡単だが、商業的な目的かもわからないが、忍者ショウは忍者村やイベントなどで行われているわけで、そこに出演する忍者の人は、それなりの忍者の知識も技能も持ったスペシャリストである。言うなれば現在においては、彼らこそが忍者そのものであると言えるだろう。Kさんによると、しかるべき忍者の組織に正式に登録していて、ちゃんと忍者名も持っているそうである。
さて理屈はさておき、忍者と聞いたからには、僕としてはパフォーマンスの共演を申し出ないわけにはいかなかった。すぐさま、「僕の尺八と三味線に合わせて忍者の動きをできませんか?」と聞いていた。二人ですぐにやってみようという事になって、僕は楽器を演奏しだしたのだが、僕の音楽に合わせて彼が動き出すとその体の切れの良さ、形のすばらしさに驚いた。さすが本物の忍者はすごい。
週末はお互いに生活がかかったバスキングをしないといけないので、僕は二胡の演奏、Kさんはパントマイムを行い、平日に二人の「忍者ショウ」を試してみようということになった。初日はとりあえず、二人分の昼食代を稼ぐという目標で始めたのだが、あいにく平日のベルンは人通りも少なく、何とかレストランにいけるだけのお金を稼いだだけだった。でも、この忍者ショウはやっていて本当に面白かった。
翌日は、秋休みで家に居る正志を沖縄三線に据えて3人でのパフォーマンスに切り替えた。忍者と一緒にショーが出来る機会などもしかすると2度と訪れないかもしれないということで、正志も喜んでついてきた。
まあ、僕と正志はいつも一緒に演奏しているので、いくつかのパターンを組み合わせて、演奏することにした。もちろん、忍者の動きを見ながらのインプロビゼーションである。
そのときのビデオが以下のものである。

このときは、パフォーマンスのあと観衆から忍者についての質問を受けたりしてなかなか好評だったのだが、何よりも大切なのはそんなことより、3人とも心から楽しめたということである。
忍者の素顔を暴くことはタブーなので、Kさんのことは詳しくは書けないのだが、夢を追いかけて一人で日本を飛び出して旅を続けている。僕は彼が結構な年齢でこの決断が出来たことに脅威すら感じる。僕自身は27歳のときのこの決断を下すのがどんなに怖かったことだろう。いっさいの社会機構を外れた自分の価値観だけで生きていく、もう二度と後戻りは出来ない。彼の話しを聞いているとなんだか昔の自分の姿を見ているようだ。
別れて宿に帰って行く彼の後ろ姿を眺めて、「ああ、バックパッカーかユースホステルのドミトリーに帰っていくんだ。」と思うと、旅を生活の場としていた頃のことが胸の中にわき出してくる。あのときの、明日への不安、ひとりぼっちの孤独、風のような自由、明日何がおこるかわからない期待、自分一人の力で生きているという自信、そんな想いが蘇ってくる。そして、数えきれない人たちから親切にされたことも。
どうもおせっかいとはわかりながらもKさんにいろいろしないとどうしても自分の気がすまない。スイスでのバスキングの情報を詳しく説明したり、冬場の過ごし方を話したり、バスカーの心構えや、警察とのトラブルの避け方など自分勝手に教えている。もちろん彼が僕が居なくてもやっていけるのはわかっているし、全てを自分で乗り切る方がいいのかもわからないのだが。
僕がバスカーのマネージメント面、具体的に結うと、時間と場所の読み方、分析の仕方、つまり手っ取り早く言えばコインの稼ぎかたを解説していると、彼から「トシさんには魚群探知機がついているようなものですね。」という感想を頂いた。これは、僕がバスキングは漁師のようなもので、潮や天候の読みがちゃんと出来るかどうかが一人前かどうかを決めると話したからだ。
それ以来、一緒にパフォーマンスを行うとき、場所を決めるのは僕の役目になっている。ただ残念なことに僕の魚群探知機はいつもあたるとは限らないのだが。
僕たちの忍者ショウがいつまで続くのかは、まったくわからない。Kさんが稼げなくなり、または寒さに耐えられなくなり、来週あたりスイスを離れる決心をするばそれまでである。または、ぎりぎりまでスイスにとどまるのならあと2ヶ月行うかもわからない。全ては風まかせ、運まかせである。
まあ、そういう限りない自由こそが本物のバスカーというものであろう。