モロッコのコメディアン

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スペインのアンダルシアから、モロッコを訪れたことは、以前にも書いた。僕にとっては、それが初めてのアフリカ大陸だった。このときの一番の目的は、なんといってもアフリカでバスキングを行い、5大陸バスキングを完結することだった。とはいえ、そのころは、実際もうそれほどにはいろんな国でバスキングをすることには、意義を感じていなかった。まあ、はじめた以上やり遂げないと、という義務感のようなものだけだった。

いつも新しい国、新しい場所で演奏するときは、緊張する。特に、イスラム教圏、や共産主義の国では、何が起こるのか、どうゆう反応が返ってくるのかがわからないので、すごく不安になる。もし、演奏しないですむのなら演奏なんてしたくない、というのが本心かもわからない。でも、演奏しなかったら、あとで後悔するな、とも考えて、今までいろんなところで演奏してきた。

モロッコのマラケシにあるフナ広場は、大道芸のメッカとして有名だそうだ。でも、ヨーロッパのバスカーの間でそんなことは聞いたこともない。ガイドブックをみてはじめて知った。まあ、そういうところがある以上は、そこでやらないわけにはいかない。

マラケシに着いても天気も悪かったのと、わけのわからない大道芸ばかりなのにビビッてしまい、2日間は演奏をしなかった。でも、このままヨーロッパに帰るわけにはいかないので、3日目のお昼前にギターを持ってフナ広場に出かけた。

このフナ広場は、いつもたくさんの人でにぎわっていて、“羊の頭のスープ”などが食べられる屋台も数多く出ている。僕は中央付近に場所を決め、ギターケースを開けて準備を始めた。気がつくと僕の周りには大勢の人で、演奏を始める前からすっかりと取り囲まれていた。“なんでもいいから、なにか納得できることをしない限りここからは絶対に返さないぞ”、という雰囲気である。しかも、いかついおっさんが多く、イスラムの国なので、女性の姿は一人もない。そのこと自体は、どうということはない。今まで、マレーシアでも、トルコでもこのような状況のバスキングは行ってきた。

イスラムの国での最初の演奏は、確かマレーシアのペナンだったと思う。やはり、いかついおっさんたちに取り囲まれての演奏だった。腕を組んで、ぜんぜん乗ってこない。何か文句でもあるのだろうかと思えるくらい険しい表情で聞いている。そうなると僕も意地になって、ノリノリのロックンロールを連発したのだが、手拍子はおろか、足でリズムを取る人も誰一人いなかった。これは、だめだと思ったのだが、演奏を終えると結構な人がギターケースの中にコインを入れてくれた。

さて、このモロッコには、ギターだけでなく、マリオネットの”リトルトシ”も持参していた。西洋の曲は知らないだろうから、ハーモニカとギターで音楽をかなで、それにあわせてマリオネットを踊らそうという魂胆だ。ここでも、反応のほうはほとんど何もなかったのだが、僕が箱でコインを集めるとほとんどの人が気前よく入れてくれた。15分ほどの演奏の割には、結構稼げたので、気を良くして午後からも演奏することにした。

さて、そしてお昼から再びギターを持ちフナ広場に出かけると、一人の男が近づいてきた。何か文句を言われるのかなと思ったのだが、どうやら一緒に組んでパフォーマンスをしないかということらしい。何せ、言葉が通じないので、はっきりとわからなかったのだが、とりあえずそう解釈することにした。彼は、僕の目の前で後ろに空中で一回転して身の軽さを示した。それで、僕は彼のことをアクロバットのパフォーマンサーと思ってしまった。

そもそも言葉が通じないのだから、打ち合わせもなにもあったものではない。たぶん、僕が演奏するときは、合図するからそのときに演奏してくれ、といったと解釈した。僕らがセッティングを始めると、巨大な人垣がすぐに出来た。彼がどんなアクロバットをするのかな、と楽しみにしていたのだが、なにやら集まった人たちに向かって話しているだけ、そのうちひざまずいてお祈りを始めた。そしてまたスピーチ。僕にはぜんぜんわけがわからないし、演奏の指示も来ない。ようやく演奏の指示が来て、一曲歌うと、またストップ。また彼のスピーチ。そしてお祈り。でも、僕たちを取り囲んだ人は、それがおもしろいのか立ち去らずに見ている。そのうち、彼と僕が交互にお金を集めて終了。いったい、これは何なのだろうか。

このわけのわからないショーを彼に付き合って何回もした。夕方になって集まったお金を二つに分けて、僕に手渡してくれた。たぶん、僕が一人でやったほうがもっと稼げたと思うが、これはこれでおもしろかった。それに、それまでツーリストからお金をせびり取ろうというモロッコ人にしか接していなかったので、彼との人としての対等な関係に新鮮さを感じた。集まったお金にしても、ごまかすことなく正確に半分ずつしてくれたことに少なからず感激した。

別れ際に、明日友達を誘うからもう一度一緒にやろうと彼がいってきた。本当は、次の日にマラケシから移動しようと思っていたのだが、彼があまりに熱心に頼んでくるので、いやとは言えなかった。

その翌日、昼前にフナ広場に行くと、ちゃんと彼は、約束どおり友達を連れて待っていた。この日のショーも僕には、何をやっているのかぜんぜん理解できなかった。でも、おそらく3人でコメディーをやっていたのだと思う。僕は、言葉はわからないのだが、適当にあわせて演技というかなんと言うか、その場にあった雰囲気を作るように心がけていた。ギターを弾くのは、ほんの少しだけ。彼らがどうゆう風なことをしゃべり、どうゆう構成でショーを進めたのかは不明だが、僕たちの周りには、途切れることなく巨大な人垣が出来ていた。この日、彼らに付き合い暗くなるまで何回もショーをこなした。

ようやく、ショーが終わると、彼らは、僕をレストランに誘ってくれた。昨日同様、上がりのお金は、正確に3等分して手渡してくれ、もっとここにいろと再三言っていた。別れ際には、心から別れを惜しんでくれた。彼らがいてくれたおかげで、僕としてもおもしろい経験が出来たわけで、また一人で演奏していたら何らかのトラブルに巻き込まれていたかもしれない。それにもまして、国境、文化、言葉を超えて、ひとつのことを一緒にしたという充実感は何物にも変えがたい。もしツーリストとしてだけなら、モロッコ人に対してあまり良い感想はもてなかったと思うが、この二人と一緒にパフォーマンスをして、彼らの誠意、優しさを感じることが出来た。

結局、この二人の名前もわからなかった。言葉が通じないというのは、実に厄介なものである。