気温とバスキングの関係

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今年も12月に入り、スイスは、いよいよ寒くなってきた。

先週末は、気温がマイナス3度くらいまで下がり、この冬初めての氷点下での野外の演奏をした。さすがにこれだけ長くバスキングをやっていると、僕の防寒対策はほぼ完璧で、寒さに震え上がることなしに3時間は平気で連続演奏ができた。

でも、今でこそ寒さで震えることはなくなったが、僕がバスキングをはじめたときは、適切な防寒対策をしていなかったので、凍え死ぬのではないかと思ったことも何度かある。まあ、ひとつには、弾いていた楽器の違いもあるのだが。今までに何度も書いたが、現在の僕のバスキングでのメイン楽器である二胡は、バスカーにとってすばらしい楽器である。特に冬場は、この楽器でよかったとつくづく思う。なぜなら両手に手袋をはめたまま演奏できるのである。手袋をしても演奏にまったく支障をきたさない楽器は、他にアコーディオンぐらいしかないのではないだろうか。少なくとも、ギターは、弾けなかった。指先のあいた手袋なら演奏に問題ないが、それでもその指先が寒い。だからといって、フィンガーピックスタイルは、もちろん指で弾くわけであるから手袋をしていては良い音が出るはずがないし、フラットピックスタイルの手袋をしていては、ピックをうまく保持することができない。

僕がまだギターで弾き語りをしていたころ、服装は重ね着で、雪だるまのように着こんで、指先のない手袋というスタイルだった。僕があまり寒そうに弾いていたのであろう、知り合いのバスカーが、手首、足首の部分を隙間の無いように着こんで、頭の放射熱を防ぐために毛糸の帽子をかぶり、足元からも冷えるので断熱ソールなどで靴に気を使う、あるいはダンボールを持参してその上で演奏する、といった基本的なアドバイスをしてくれた。

これで、少しは寒さに強くなったが、先に書いたように露出した指先はどうすることもできない。左指は、金属弦に触れていて、その弦が氷点下の気温だから指先から痛みが走る。右手は、ストロークをしているので、氷点下の空気の中を動かしていることになり、強風が吹いているのと同じことが起こり、体感気温は、より低くなる。ハーモニカを吹いているときは、唾が凍りつき強く吹かないと音が出なくなりので、何本もハーモニカを壊してしまった。

それでは、反対に暑いのはどうだろう。

僕は、暑いところでの演奏は、寒いところ以上に嫌いなので、夏場の直射日光の下では、極力演奏しないようにしている。たまに木陰で演奏していて、その影が動き、場所を変えるのが面倒で演奏を続ける場合もあるが、スイスの場合せいぜい34度ぐらいまでしか気温は上がらない。

そのころ僕のもうひとつのバスキングの拠点だったシンガポールでは、よく地下道で演奏していた。たいてい風通しのよくないところだったので、やはり35度ぐらいの温度だったと思う。ただ湿度が高かったので、汗でびしょびしょになっていた。演奏している足元には汗の池がいつもできていた。もちろん、水分を十分に補給しないと倒れてしまうので、飲み物はたっぷりと用意していた。そのとき思ったのは、“バスキングはスポーツだ。”ということだ。

吹き出た汗が、ギターに伝わり、その部分のギターの塗装がはげてしまった。僕の愛用していたギブソンのJ−45は、本当にぼろぼろになってしまった。昔のブルースマンが、放浪しながら使っていたギターと比べても引けを取らないぐらいに。

普通、夏のほうが演奏をやりやすいというイメージがあるのだろうか、ほとんどの人は、夏に演奏が楽しいだろう、冬に大変でしょう、と声をかけられる。でも、僕は、冬の演奏が好きだ。氷点下の冷え切った町に自分のサウンドが鳴り響く感触は、ちょっと言葉でいい表せないぐらいの感動がある。なぜ、そんなに響きがいいのは、音響的に何か気温と関係があるのかよくわからないのだが、とにかく歌を歌っても、二胡を弾いても気持ちよく音が通る。

気温と音響効果の関係は知らないが、湿度のほうはよくわかる。雨が降ったり、じけっとした天気だと響きは良くない。もっとも、これもどこで演奏するかによって残響音がぜんぜん違ってくるので、そっちのほうに気をとられて、湿度の音の変化ははっきりいってそれほどには気にならないのだが。

昨年のクリスマスの直前、ヨーロッパ中が寒波に襲われ、スイスも日中でもマイナス10度以下になった。僕は、その日バーゼルという町で演奏したのだが、おまけに雪が降りだし、風が出てきた。幸いなことに、屋根の下に演奏場所を見つけ、凍えそうな表情で歩いていく人々を観察しながら演奏を続けていた。実は、演奏をしているミュージシャンは、集中して体をコントロールしているので、立ち止まって僕の演奏を聞いてくれている人ほど寒くないのだ。とはいえ、さすがにこの気温で、しかもこの天候では、他のミュージシャンの姿は、ロシア人のアコーディオン弾き以外は見かけなかった。

ロシア人のバスカーといえば、寒さに関しては、絶対に勝てないと思ったことがある。

もうずいぶんと前になるが、スイスのシャッフハウゼンという町で演奏していたときのことだ。その日はマイナス5度ぐらいの気温だったと思う。僕が、寒いながらも何とかギターを弾いていると、顔見知りのロシア人のバラライカ奏者が通りかかった。

「今日は、ずいぶん冷えるね。」と僕が言うと、彼はきょとんとした表情で、「そうでもないさ。」といった。僕は、強がりを言いやがって、と思った。すると僕の心を察したのか、「俺の育ったところでは、寒いときはマイナス20度ぐらいになるんだぜ。だから、スイスでは、手袋なんかした事もない。」といって素手の手のひらを僕に見せてくれた。彼の表情は、やせ我慢しているのとはほど遠い、いたって快適だと言いたげなさわやかな笑顔だった。

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