天才バスカー

Spread the love

いろいろな楽器を演奏しているからだろうか、人から「才能があるね。」と、ほめられたり、羨ましがられたりすることは、よくある。

でも、「お前は天才だ。」といわれたことはほとんどない。いや、1度だけある。

それは、ヨーロッパ2年目のロンドンでの話し。

ある夜、僕がお決まりのグリーンパークの駅のトンネルで演奏していると、バスカー仲間のフィルが、中年の男を連れて前を通りかかった。

「ハーイ、トシ。これがおれのバスカーの大先生なんだ。この人はバスカー暦20年なだぜ。」

とその男を紹介してくれた。僕は、彼に小柄などこにでもいる、“うだつの上がらないおっさん”という印象しか受けなかったが、とりあえずは、丁寧に挨拶しておいた。そのときは、それだけだった。

後日、僕がピカデリーサーカスの駅を歩いていると、階段の踊り場のほうから、ギターの音が聞こえてきた。誰が演奏しているのかな、と思いそちらのほうに進んでいくと、この前のバスカー大先生が、ギターを弾きながら歌っている。その横では、フィルが、ケンタッキーフライドチキンの紙コップでシャポー(お金を集める人)をしている。その大先生は、ロックンロールのスタンダードナンバーを演奏していたのだが、目が見えないようだった。

えっ。確かこの前会ったときは、普通だったのに、と思ってよく見てみても、どう見ても盲目の人が演奏しているようにしか見えない。

そう、彼は、盲目のふりをしながら、ギターを弾き歌っているのだ。その芝居の上手いこと。僕が以前に彼と会っていなければ、間違いなく彼を盲目と信じていただろう。そして、盲目の芝居だけではなく、演奏のほうも素晴らしい。ギターで難しいリフを弾きながら、ソウルフルにボーカルを取っている。ハンディーキャップの人が演奏しているとあって、フィルの紙コップには、どんどんコインが集まっている。

僕は、さすが、バスカー暦20年選手、と感心してしまった。僕にとっては、その盲目の芝居を含めて、彼のバスカーとしての力量に脱帽した。

そのあと何日かして、再び僕がグリーンパークの駅で演奏していると、またフィルと大先生が前を通った。

確かそのとき僕は、ビートルズの”All my loving”を演奏していたと思う。足に小さなタンバリンをつけ、軽快なリズムにアレンジして歌っていた。大先生は、僕の前で立ち止まると僕の演奏に耳を傾けていた。そして、演奏が終わると僕に、「お前は、バスカーの天才だ。」と告げた。

バスカーの天才?何を理由に、また、それがどういう意味なのかわからない。天才ギタリストや天才シンガーならわかるが、天才バスカーとはいかに?

まあ、天才といわれたのだから、いずれにせよ悪い気はしない。僕は、大先生にお礼を言った。

すると、彼は、お前にギターとハーモニカのアンサンブルを教えてやろうというと、僕のギターとハーモニカホルダーを受け取り演奏しだした。

そのころ僕がギターとハーモニカで演奏していたのは、よくアコースティギギターの弾き語りでやっているように、イントロや間奏にそのコード音の音をプカプカやっていただけで、はっきりいって誰にでも直ぐに出来ることだった。

でも、そのときの大先生の演奏は、まったく違っていた。“聖者の行進”なのだが、ギターの上でハーモニカのメロディーがどんどん展開していく、それにあわせてギターのバッキングも変化する。ギターとハーモニカ、二人のミュージシャンがセッションしているみたいだ。僕は、こんなことが出来るんだ、と口をあんぐりとあけて見とれていた。

それから、僕は、ギターとハーモニカのアンサンブルの練習を必死でした。

後になって、歌いすぎで、声が出なくなったときには、僕は、よくハーモニカだけで演奏していた。またクラッシックや有名なメロディーをハーモニカとギターで演奏して、歌わずに稼いでいた時期もある。すべてこのときの大先生のおかげである。

今も何を持って彼が僕に”天才”という言葉を送ってくれたのかわからない。フィルの友人に対してのお世辞か、日本人のバスカーを励ますためか、ただの気まぐれか。

それでも僕にとっては、この言葉は大きな意味があった。バスカーとしての自信をなくしそうになったとき、何度もこの言葉を思い出した。

今、僕自身がこのときの大先生と同じ“バスカーの20年選手”になって思うのは、もしかしたら、あの時彼は、僕のバスキングに対する情熱を感じたのではないか、ということだ。ほとんどのバスカーは、お金のため、メジャーになるまでのステップ、あるいは経験を積む、とかの理由からバスキングを行っている。それはそれで文句はないのだが、僕はバスキングが好きだ。“氷点下の気温で、好きで野外で演奏するやつはいない。”とあるバスカーは言っていたが、僕は、氷点下10度でも演奏を楽しんでいる。僕のそんなバスカーへの愛着と情熱を感じて、彼は僕を”天才バスカー”と呼んだのではないだろうか。

いつか、僕も若い本物のバスカーに出会い、”お前は天才バスカーだ。”ということがあるのだろうか。そのときバスカーである素晴らしさをその人に僕が示せたらいいのだが。

Toshi's Music
Privacy Overview

This website uses cookies so that we can provide you with the best user experience possible. Cookie information is stored in your browser and performs functions such as recognising you when you return to our website and helping our team to understand which sections of the website you find most interesting and useful.