Philのこと 1

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フィル マクドナルド、イギリス人、年齢不明、髪−ブラウン、瞳−ブルー、身長ー180cm。

僕にバスカーの哀愁のイメージを決定的に印象づけたのは、彼なのかもわからない。

フィルとの出会いは、1989年の4月までさかのぼる。当時僕は、4年間勤めていたベッカーズ株式会社を辞め、ギター1本を携えて、ロンドンへとたどり着いた。東京、渋谷で、半年近くバスカーとしての実績は積んでいたものの、初の海外でのバスキング。右も左もわからず、苦戦していた。レシスタースクエアー付近の路上で数回演奏を試みてみたものの、再三にわたるポリスの警告で、数多くのミュージシャンが演奏している地下鉄の駅構内へと、僕もまたもぐりこまざるをえなかった。ここにおいても、また勝手がわからない。良さそうな場所は、いつも誰かが演奏しているし、罰金のボードを掲げている駅もある。他のバスカーに尋ねても、僕の英語が要領をえないためか、詳しくは教えてくれない。

そんなときに出会ったバスカーが、フィルだった。薄汚れたジーパンに、いつ洗濯したのかわからないようなシャツ。ぼさぼさに伸びた長髪を後ろで無造作に束ね、汗くさいにおいをさせながら、ギターアンプと缶ビールを持っていた。彼は、僕にロンドン地下鉄バスカーのルールを僕に教えてくれた。バスカー間の秘密の演奏リストのこと、そして、基本的に演奏時間は1時間であること、ポリスや検察官にどう対応していいのか、など。彼は、僕の質問に答えてくれた。しかも、僕のわかるように、ゆっくりした英語で。

それ以来、僕はフィルの横に座り込んで、彼の演奏をよく聴いていた。彼は、アコースティックギターにマイクを取り付けて、バッテリー内蔵のアンプを使っていた。その頃彼は、レッド ツェッペリンの”天国への階段”とボブ ディランの“アイ シャル ビー リリース”を好んで歌っていた。彼の声は、しんが強く、透明感があり、僕はそんな彼の歌を聴くのが好きだった。今思えば、他人が横にくっついての演奏は、やりにくかったのかもわからないのだが、フィルの側には、僕以外にもいろんな人が入れ替わり立ち代り座り込んでいた。ジョグラ―、浮浪者、音楽好きのツーリスト。そのうちフィルに彼女が出来た。同じバスカーで、赤毛の娘で、アリス。彼女は、フルートを吹いた。フィルとアリスが演奏しているのを見つけては、僕も座り込み、ギターケースをパーカッションにして、リズムをつけた。時には、僕のギターとアリスのフルートで演奏することもあった。

フィルは、いつもビールを横に歌っていた。夜遅くなど、かなり酔っ払っていることもある。ビールが切れると、よく演奏中でも買いに行ったものだ。

そんなフィルの口癖に「サウンドは、大丈夫か?」というものがあった。僕が、彼の演奏している前を通りかかると、必ず 「トシ、サウンドは、大丈夫か?」と自分の音を尋ねてくる。フィルが、自分の出している音がなぜそれ程で気に掛かるのか、わかるようになったのは、しばらくしてからのことだ。僕自身も、1日に4時間以上も演奏するようになってくると、自分自身が今どういう音を出しているのか、わからなくなる。そんなときは、不安になってきて誰かに尋ねたくなる「サウンドは、大丈夫か?」と。

フィルのほうは、僕の演奏を立ち止まって聴いていくことは、あまりなかったのだが、僕の前を通るとき、「トシ、どうしてそんなにパワフルに演奏できるのだ?」と聞いてくることがあった。あるときなど真剣な顔で、「どんなドラッグを使っているんだ?」と尋ねてきた。「ドラッグなんかやっていないよ。ただ、毎日食事は、きちんととるようにしているけどね。」と答えると、「ウーム。自然体から生まれるパワーなんだ。」と妙に納得していた。

フィルとは、こんなこともあった。夜の9時ごろだっただろうか、ある晩フィルが、妙に疲れた表情で歌っていた。どうしたのか?と尋ねると、どうも調子が出ないらしい。その日は、アリスは風邪をひいてしまい、先に家に帰ってしまったそうだ。それで、フィルは一人で生活費を稼がないとならないのだけれど、まだ3ポンド足りないという。その3ポンドで、僕に演奏場所を代わらないかと言ってきた。僕としては、演奏が出来るならば、まあ、3ポンドくらいは何とかなると思い、交代した。あとで、他のバスカーにこの話をすると、演奏する権利をお金を出して買うなんてと、あきれた顔をされた。そんな風にフィルとアリスは、必要な生活費を手にするまで、演奏を続けるのだった。たまにまとまったお金が入ったりすると、ビール片手に早々に引き上げてしまう。先のことなど何も考えず、今日を楽しく過ごすためにビール代があれば、それでいいといった感じだ。でも、本来バスカーというのが、社会をドロップアウトしたものがなるものなら、フィルたちのほうが、バスカーの本道ではないのだろうか。バスカーであることに、何か意味を見出したり、理屈をつけたりするのは、無意味なことではないかとさえ思えてくる。

はじめのうちは、なかなか溶け込めなかったロンドンのバスカーたちであるが、日を重ねるうちに親しくなってきた。彼らの多くが、他の国から流れてきた、よそ者であり、日本人の僕でも条件はまったく同じなのだから、当然といえば当然のことだ。僕は、他のバスカーの演奏にも耳を傾けるようにしていたし、機会があれば、ジャムセッションもよくやった。しかし、そんな中でも僕にとってフィルは、特別な存在だった。

そんなフィルとも、やがて分かれる日がやってきた。7月に入り、ロンドンの日差しも次第にその強さを増してくると、僕は大陸、特にパリへと心が動いていった。ロンドンでもバスカーとして何とか生きていけそうな感じをつかめたし、第一、他のバスカーが稼ぐのと同じくらいは、稼いでいたのだから、次の新しい街へと心が移っていったとしても、仕方のないことであろう。フィルには、もう少ししたらパリに行くんだ、と再三言っていたのだが、あまり上手く伝わっていなかったらしく、生半可な返事しか返ってこなかった。

そして、ある日、僕は、3日後のバスとフェリーを乗り継いでパリに行くチケットを手にしていた。僕はさよならを言うために、フィルの姿を探した。しかし、どうしたことだろうか、毎日のように見ていたフィルの姿がいっこうに見つからない。いよいよ明日出発という日になって、僕はフィルのことは、実際あきらめていた。その日は、用事を済ませてフラットに帰るべく、ベーカリーラインの地下鉄に乗っていた。列車は、ピカデリーサーカスのホームへと滑り込み扉が開いた。すると、ギターの音が流れ込んできた。“アイ シャル ビー リリース”、フィルに間違いない。僕は列車を飛び降りると、プラットホームの人ごみをかきわけ、ピカデリーラインに通じる階段のほうへ走っていった。その踊り場の壁に寄りかかって、いつものよれよれの格好で歌っているフィルの姿が、目に入った。フィルは、僕の姿を見つけると、ギターを弾く手を止めて、やさしく微笑みかけてきた。

「ハーイ、トシ。」

「フィル、僕は明日パリに行くよ」

「えっ、何だって。」

「明日の夜バスでパリに向かうんだ。だからさよならだよ、フィル。」

「なぜパリになんか行っちまうんだ。お前は、ロンドンで充分にやっていけるじゃないか。ここにいろよ、トシ。」

「駄目だよ、フィル。もう決めたことなんだ。また、新しい旅を始めるんだ。」

「そうか…。」

フィルは、しばらくのあいだ口を開かなかった。

「トシ、それじゃあ俺も一緒に行くよ。1週間、いや5日間だけ待っていてくれ。そうしたらパスポートを作れる。アリスと一緒に3人で旅に出るんだ。俺たちが一緒に演奏すれば、パリでもアムステルダムでもきっと大丈夫だ。充分稼いでいける。なあ、トシ、いいだろう。」

フィルは、必死に僕に言ってきた。でも、フィルがいくら真剣になったところで、今の彼にパスポートを作るだけのお金の余裕がないことも、また、実際には旅になど出られないことも僕にはわかっていた。けれどフィルは、決して嘘をついているわけではない。今現在の彼の気持ちを素直に口にしているのだ。

僕はフィルの言葉は、うれしかった。でも、もちろんそれを受けるわけにはいかない。

「フィル、それは出来ないよ。わかっているだろう。」

フィルは、寂しげな目で僕の顔を見ると、黙ってしまった。

「それよりもフィル、最後にいつものディランのあの曲を僕のためにもう1度歌ってくれないか。」

「アイ シャル ビー リリースかい?」

「ああ。」

フィルは、ギターを抱え直すと、いつものように目を半ば閉じて歌いだした。力強い、透明感のある声。

さびの部分、フィルに教えてもらった歌詞を僕も歌った。

I see my life come shining from west land to the east

Anyway now any day now I shall be release

僕たちのハーモニーは、ピカデリーサーカスのプラットホームに、そして僕の心に響きわたった。

僕は、そっとフィルのそばを離れると、走りこんできた列車に飛び乗った。フィルは、相変わらず力強く歌い続けている。列車の扉がゆっくりと閉まり、走り出すとフィルの歌声は、もう聞こえなくなった。僕は、小さな声でサブの部分を歌い続けた。

僕のバスキングの旅の最初の素敵な出会いと別れだった。涙が一滴ほほを流れるのを感じつつ、僕はなおも歌い続けた。